事故は恐いッス。
忘れもしない平成9年12月5日(金)。朝の通勤時でのことでした。その日は
天気も良く交通量も割とあったと思います。あたしはいつものように国道6号線
を南下していました。
注)当時のあたしの家は「東京都足立区中川」
で最寄り駅は「亀有」会社の所在地は「東京都千代田区岩本町」で最寄り駅は
「秋葉原」
時刻は午前8時40分頃。片側2車線で四輪も
二輪もついスピードを出してしまうような場所でした。通勤時間帯の例に
漏れず,すり抜けする二輪車が,赤信号の度に停止線の先頭に立ち,我先に
ダッシュするような危険な状態です。あたしは一番左側をすり抜けていたの
ですが,2車線の真ん中を(車と車の間,両脇の四輪を横目に見ながら)走って
いるレーサーレプリカ君(車種は不明。レプリカ系はあまり知識がない。ごめん。
以下RR君)がいました。ほぼ同じ速度で走っていて,
あたしの方がRR君をやや追走する形だったので,彼の不可視領域内にいた危険は
多いにありました。
さて,実際はそんなに観察する余裕はなく,
漫然と「急に車線変更するなよ〜」とちょっとヒトゴトのように思っていたの
ですが,ちょうど浅草の「ビールの泡のモニュメントビル(かの『黄金のうんち
』)」を右手に見送り少し過ぎたところで,予感が的中 !! 前方の四輪が詰まって
いると判断した(と思われる)RR君はサクっと左側の車線へ
入ったかと思うと,そのままあたしのすぐ目の前までスライドしてきたのでした。
「あぶねっ」と思うまもなく,あたしの単車の前輪とRR君の単車の一部がちょっと
だけ接触し(たと確信している),あたしの単車の前輪がふわふわと安定感を
無くしたかと思ったら,そのまま車体が左に傾き出しました。
「ふわふわ」の時点で,既に制御不能状態のあたし。目の前にガードレールが
迫ってきて,「うわっうわっうわっ」頭の中で絶叫してました。
「ガンッガンッガンッ」とガードレールの柱にヘルメットを小気味よく連打。
それがブレーキになったのか,それほど体は引きずりませんでしたが,しばらく
起き上がれない状態。
とりあえず「痛てー・・・」と叫びつつRR君を一睨みしてやろうと顔を上げると
誰もいない。四輪も二輪も何事も無かったかのようにどんどん通り過ぎていく・・・。
そこで一瞬,思考能力が止まってしまいました。
「今のは現実にあたしの身に起こったことなのか?」
顔は痛いし,足は痛いし,単車はと言うと遥かかなたに嫌な角度にハンドルを
曲げて転がってるし,あたしは座り込んだまま動けない。(事後処理が終わった
後病院へ行った結果,ひざの擦り傷と左手の捻挫と顔の打撲以外ひどい怪我は
無かったけど)
10分くらいその場に佇んでいたでしょうか。通勤時間なだけに悲しいかな誰も
助け起こしてくれません。人の手助け無しではとても立てそうになく,立ち上がる
元気もない。呆けている内に,ようやく誰かが声をかけてくれました。
「とりあえず家にきて落ち着きなさい」と案内された所は,なんと筋向かいの
床屋の待合室。上り下り合わせて4車線の道路なのに,車の切れ目をねらって
渡ってきてくれたのです。
「ガシャーンって派手な音がしたから見てみたら人が倒れてたから」と言ったって,
わざわざ道路を渡って来てくれるとは・・・。本当にうれしかった。
(ハスガイさんありがとうございました。一度御礼に伺ったっきり御無沙汰ですが,
あの時の事故女は今も無事(懲りず)に単車に乗っております)
この事故で学んだことは,
- 単車にも死角があるということ。
- 自分の弱点を把握して運転する必要があること。
- ヘルメットと革ジャンで傷が最小限だったこと。
- 自分の運転によって人を巻き込んでしまった(あるいはその可能性がある)
場合は絶対にそのまま立ち去ってはいけないということ。
(いくら死角があるったって,バックミラー見りゃ人が倒れてんの
わかんだろー!?)
それと,それをわかってないとあたしが判断した奴は単車乗りと認めない決心
したことです。
余談ですがある小説の一節にこんなのがありました。
「熟練の年配のダイバー(注)海に潜る人ね
)がいる,若くて無鉄砲なダイバーもいる。でも,無鉄砲で年配の
ダイバーはいない。なぜか?」
単車乗りも同じですよね。一生楽しく乗り続けたいと思っています。
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